つみき通信

このブログは、つみきの会の各支部リーダーを始め、理事、事務局スタッフなど、つみきの会の活動を支えるスタッフたちからのお便りをお届けするものです。ぜひ、時々お立ち寄りください。

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卒業メッセージ(kaede)4

ユキオは驚くほど成長していきました。月に1回程度通院していた病院のST(言語聴覚士)の先生もその成長にはとても驚いていました。家で何かしているのか、と聞かれたこともありました。4歳の発達検査では全項目平均の上になっていました。

ユキオは視覚優位でした。4歳の時にひらがな、カタカナは読めるようになりました。字が読めるようになってからは、色々なことが急速に教えやすくなりました。助詞が抜けたり、間違ったりすることがありましたが、助詞のカードと絵カードなどを使って教えていきました。4歳後半には6語文くらい話すようになっていました。

その後は、デスクでのABAの時間は短くなっても、日常的にいろいろな経験をさせながら、保育園や小学校で必要なことをスモールステップで教えていきました。不器用で、3歳の時にはハサミも折り紙もお絵かきも何もできなかったユキオに、つみきブックなどをもとに、こつこつと毎日、課題として教えていきました。

いつしか保育園でも器用だと言われるほど、それらすべての事が上手にできるようになりました。あんなに苦手だった運動会も周りに遅れることなく、楽しく参加することができました。そして一番うれしかったことは、保育園でとても仲の良いお友達ができたことです。

つみきブックに「男の子というものはヒーローごっこばかりしているものだ。その遊びに入れるように遊び方を教えてあげなければいけない。」と言うようなことが書いてありました。つい、親のさせたい遊びをさせようと(漫画やDSを禁じるなど)、ハルにも口出ししていましたが、共通の遊びを知らなければ、ユキオの場合はよけいに友達の輪に入っていけないのだ、と目から鱗が落ちる思いでした。

ハルが小学校で覚えてくる遊びや替え歌で、ユキオがマネをすることがあれば、どんどん一緒にさせました。自由時間には仮面ライダー、戦隊もの、妖怪ウォッチ、ポケットモンスター、カードゲームなどで自由に遊ばせ、その中から強化子を見つけるようにしています。

今ではユキオはハルと、長い時間楽しく遊ぶようになりました。保育園では妖怪ウォッチの話でお友達と盛り上がっているようです。ハルにも欲しがっていたDSを買ってあげました。ハルもゲームの話を通じて、学校での友達の幅が広がったようでした。

今では、ぱっとみたところ大きな社会性の問題もなく(よくよく観察すると細かい感情の理解が苦手、自分の興味ある話題を突然はじめる、など問題点はまだまだありますが)、知的にも大きく成長しました。
5歳時のWISC-Ⅳでは全項目110以上ありました。検査した先生は、「全領域で大きなばらつきがなく、社会性も大きな問題が見られないので、今のところ普通級で問題なくやっていけるでしょう。初めて会った時にはこんなに上手に話せるようになるとは思いませんでした。」 と、おっしゃいました。

今は就学にむけて、ソーシャルスキルトレーニングやアカデミックスキル、様々な運動などを課題として行っています。

ユキオが成長したのは、私の教え方が上手だったわけではありません。(定例会に出席されている他のお父さん、お母さんの方が強化のタイミングもプロンプトの出し方も上手です。)つみきブックのきめ細やかな課題、藤坂さんの指導やつみきの会の先輩のアドバイス、もともとユキオがもっていた障害の程度、比較的長時間ABAを取り組めた環境など様々な要因により、今のユキオの成長があるのだと思います。

ABAを継続して、ユキオがいろいろな事を習得してきたということは私たち家族にとって、大きな自信になっています。障害がわかって落ち込んでいる時、やるべき課題がはっきりしているということは、生きる希望のように思えました。障害の程度や環境など、各家庭でさまざまな問題があると思いますが、少しの時間でもABAに取り組む、もしくはABAの理論を理解するということは、利益になることがあっても、決して害にならないと思います。

障害がない長男ハルの子育てにもABAの理論はとても有用でした。ただ言葉が遅いだけのお子さんに対しても、ABAの理論を理解し、取り組むことで、不安な時間を短くすることができるかもしれません。ユキオが2歳から3歳になるまでの1年間、苦しむだけで、特に何もしなかったことを、何度も悔やみました。早期療育の時期を逃したのではないか、とあせりました。

ユキオの場合、3歳過ぎてからでもABAの効果が大きくあった、と私は思っています。何歳でも遅すぎるということはないと思いますが、体が小さいうちの方が、教えやすいこともたくさんあります。迷っているならば、ABAを始めてみることをお勧めします。

拙い文章を長々と書いてしまいました。つみきの会に入会を迷っている方や現在つみきの会で頑張っている会員の方々の参考になるところが、少しでもあれば幸いです。

Kaede
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卒業メッセージ(kaede) 3

ユキオが自閉症とわかってから、早期療育の効果が立証されているのだから、できる限り幼児期の療育に力を入れようと決心しました。不器用さがあったので、微細運動の訓練になりそうな、教材、言葉を引き出してくれそうな教材など、そろえられる限り、集めてみました。そんな時にもつみきのメーリングは役立ちました。教材や強化子譲ります、と言うメールにのっている教材や強化子で、役立ちそうなものは、探して入手しました。

しかし、やはり、問題は私が自分のABAのやり方に自信が持てないことでした。課題の組み立て方も、相談する相手がいませんでした。ABAのプロにユキオを見てもらいたい、と強く思うようになりました。

そんなある日、つみきのメーリングに藤坂さんのコンサルに空きがある、と書いてありました。自宅まで来ていただけるようでした。前にも書いたように、私たちは田舎に住んでいるために、発達相談に通うことが困難でした。費用の事もあるので、どうしようか、と悩んで、主人に相談したら、「代表本人が来てくれるならば、ありがたいね。専門職の人が出張して来てくれるのだから、安いくらいじゃないか。」と言ってくれました。定期的にコンサルをお願いすることにしました。

初回のコンサルはとても緊張しました。定例会などで、お会いしたことがありましたが、あまり個人的にお話ししたこともなく、藤坂さんを遠い存在のように感じていました。ホームページの写真をプリントして、ユキオにあらかじめ見せておきました。そのホームページの藤坂さんの写真は眼光鋭く、やはり近寄りがたい印象を受けました。会うなり、ユキオが怖がって泣くのではないか、と不安にもなりました。

当日、自宅に藤坂さんがいらっしゃいました。丁寧に生育歴を聞いてくださり、いよいよ藤坂さんのABAセラピーです。すると、不思議なことが起こりました。あまり、他人に興味を持たないユキオが藤坂さんに相手をしてもらおうと、しきりに話しかけたり、まとわりついたりしているのです。

大人からみると、ちょっと怖く見える藤坂さんですが、その優しさをユキオはすぐに理解したようでした。一つ一つの課題も藤坂さんに褒めてもらうと、本当に嬉しそうでした。時々交代して、私のセラピーを見ていただいて、改善すべき点を教えていただきました。

「ユキオ」と名前を呼びかけてから指示を出すこと、ユキオに対して「お願いします。」など、よけいなひとことを付け加えてしまうこと、1試行で終わらせず欲張って失敗させてしまうこと、など自分が気づかない欠点がいろいろわかりました。これらは、どんなに書物を読んでも、私にはなかなか気づけない事ばかりでした。

記録に残して復習しようと、写真やビデオを撮らせていただきました。藤坂さんが持っている強化子の中から、私が与えていなかったようなものをユキオが選んで遊んでいるのも、勉強になりました。少しの時間ですっかり、ユキオは藤坂さんに気を許したようでした。

前にも書きましたが、ユキオは食事の時も椅子に座り、保育園での活動やSTでも一応椅子に座っていたため、私は椅子に座らせる課題をきちんと教えていませんでした。藤坂さんの椅子に座るようにと言う指示に、甘えたように「遊ぶ。」と言って、従いませんでした。きちんとコンプライアンスが確立していなかったのです。

藤坂さんは冷静に嫌がるユキオを椅子に座らせました。ユキオは泣き叫びました。今までで、一番大きなパニックでした。隣室でハルの面倒を見てくれていた母とハルは、ユキオの泣き叫ぶ声に驚いて、怯えていたようです。ユキオはしばらく泣き叫んでいましたが、最終的に観念したのか、力を抜いて座ったので、解放してもらいました。その後、強化子で遊んでいましたが、泣き疲れたのか遊びながら眠ってしまいました。

私は今まで、ユキオの言葉が増え、できることが増えたことに気を良くして、コンプライアンスという、一番大切なものをおろそかにしていたことを反省しました。また、ユキオの大パニックを目の当たりにして、この子はやはり自閉症だ、と痛感しました。そして、このようなパニックを前にしても、藤坂さんのように冷静に対応できるだろうか、と不安を感じました。

しかし、長い目でみれば、子供の体が小さいうちにコンプライアンスをきちんと確立しておかないと、癇癪に振り回されて、親子でどこにも出かけられなくなる、社会に受け入れてもらいづらくなる、と考えました。今まで、ユキオに主導権をとられていたことを初めて自覚しました。その日から私のABAセラピーは少し変化があったと思います。

初回のコンサルで大パニックをおこしたので、ユキオは藤坂さんを嫌いになっているのではないかと心配しました。しかし、2回目のコンサル前に、藤坂さんの写真を見せて予告したところ、とても嬉しそうにしました。再会すると、早く勉強を一緒にしようと言うように、藤坂さんにまとわりついていました。定例会でも感じましたが、藤坂さんには子供を引き付ける何かがあるのかもしれません。

何回かお会いしているうちに、藤坂さんは別に怖い人ではなく、とても真面目で一生懸命な方だとわかりました。時には厳しいこともおっしゃいますが、そこにいじわるな感情は全く感じません。正しいと思っていることを率直におっしゃっているのだと思います。

私の些細な質問にも真剣に長考して、答えてくださいます。適当にその場を取り繕うと言うような、いい加減なことをしない方です。人によっては、藤坂さんの鋭い眼光と鋭い発言を怖い、と感じるかもしれませんが、私たち家族は甘党の優しい先生として、皆で慕っていました。ハルも藤坂先生の来る日を楽しみにしていたようです。ときどき、ソーシャルスキルトレーニングで人数が必要な時にハルにてつだってもらうと、とても嬉しそうでした。

いい加減な性格で、センスのない私には、上手なABAセラピーは出来ませんでした。しかし、下手でも継続すれば効果があると実感していました。定期的に藤坂さんに課題について相談できたことは幸いでした。

自分がこだわっていた課題がまだユキオには早かったり、スモールステップが足りなかったり、プロンプトが不十分だったりすることがよくありました。つみきブックと後に入手したつみきプログラム(つみきブックよりもさらに詳細に課題の進め方が書いてある本です。つみきブックと両方使って課題を組み立てていました)にきちんと書いてあるのに、読み飛ばしていることも、よくありました。

自分一人で行き詰っていた課題が、藤坂さんに相談するとほんの数分で解決し、やはりコンサルを受けてよかった、と毎回思いました。ついついABAをさぼっていても、定期的に藤坂さんと会うとなると、課題を見直したり、相談することをまとめたり、試験前の学生のように気持ちが引き締まりました。これは藤坂さんのコンサルを受けられたり、定例会に出席されたりする方、皆さんに共通するところではないかと思います。

卒業メッセージ(kaede)2

さっそくつみきブックを片手に、毎日、物の名前付けから教えていきました。椅子に座らせる重要性を認識していなかった私は、リビングのじゅうたんにカードを広げて、やっていました。保育園で、それなりに座って他の子供達と一緒に作業していたので、座ることは教えなくてもできていると思っていたのです。
(つみきブックをきちんと読めば、椅子に座らせることの重要性、コンプライアンスの重要性についてはきちんと説明してあります。少しでも先にすすめたいと気がせいていたのかもしれません。最初からきちんと順番に課題をすすめていくことをおすすめします。)
ユキオは遊びの一貫のように思っていたようで、カードを出すとうれしそうに寄ってきました。毎日少なくても3時間、遊びを織り交ぜながら、ABAセラピーをやっていました。

つみきの会に入会して、驚いたことは活発にメーリングで意見交換をされていることです。何か問題行動やABAでの行き詰まりをメーリングに流すと、藤坂さんや先輩の会員、もしくは現在ABA奮闘中の他の会員からアドバイスがあります。自分の子どもにも同じようなつまずきがあったり、将来同じ問題に遭遇しそうな話題がでたり、とても勉強になりました。

なかなか定例会に出席できず、やきもきしていましたが、定例会の報告を書いてくださると、定例会の雰囲気もわかり、参考になりました。何よりも孤独になりがちな、障害を持った子供と向き合う生活の中で、他にも頑張っている人たちがたくさんいる、と勇気づけられました。

 メーリングにときどき不要になった、教材や強化子が出品されることがあります。どのような教材を先輩方がつかっているのかを知る、とても良いチャンスでした。

私が初めて購入した教材は、お子さんが小学生になったという先輩が丁寧に使っていた教材でした。たくさんのカードには手作りのものが含まれており、どの教材も、新しくはなくても、丁寧に使われていたとわかるものばかりでした。一つ一つ丁寧に教えていった積み重ねのようなものを感じましたし、このようなものを教材として使用するのか、とたいへん勉強になりました。本当に感謝しています。

 毎日の学習で、目に見えてユキオの言葉は増えてきました。認めたくはありませんでしたが、パパ、ママ、おにいちゃん(ハルくん)、をきちんと理解していないようだったので、写真をラミネートしてカードをつくりました。カードで学習してしばらくすると、般化することができ、家族を呼び間違えることがなくなりました。パパ、ママと呼びかけてくれることは、親にとって強力な強化子でした。

私が子供に行うABAセラピーを若干遠巻きに見ていた家族も、ABAの効果を認めてくれるようになりました。家族が協力的になったことで、私も精神的に楽になり、より積極的にABAセラピーを取り組めるようになりました。

3歳児健診の1か月後、どうにか、ST(言語聴覚士)のいる小児の発達専門外来のある病院を受診することができました。そこでの発達検査では全項目、平均の下という事でした。その後、自閉症スペクトラムと診断されました。

病院で自閉症と診断されたことは、とてもショックな出来事でした。言葉も増え、ときどき目も合うので、自閉症ではないのでは、と考えることもあったので、逃げ場がなくなった、と言う気持ちでした。

弟の障害が原因で長男のハルがいじめられるのではないか、と不安になることもありました。いじめられなくても、弟を疎ましく感じるようになるのではないか、という恐怖心もありました。私が思い描いていた、子供たちの未来が音をたてて崩れるような、そんな感覚でした。このまま、二人の一人っ子を育てているような、大変さが一生続くのか、男兄弟二人で仲良く遊ぶことなどないのか、と未来が見えない気持ちになりました。

落ち込んで泣いてばかりいる私に、主人が「診断がついたって、ユキオはユキオだよ。かわいいユキオであることは何も変わらないよ。」と言ってくれました。自閉症の診断がついても、ユキオは変わらず、笑顔のかわいいユキオだ。それに翻弄されて、変わってしまっているのは私なのだ、と気づかされました。つらい時には、かわいいユキオに変わりがない、と言う言葉を思い出しています。

診断がついて、前に進むしかないと思った私は、定例会に出席することにしました。自分のやり方が本当に合っているのか、他の方がABAをやっているところを見てみたい、藤坂さんにお会いしたい、と強く思うようになったからです。

定例会では、藤坂さんの講演と個別指導、般化訓練と呼ばれるお互いの子供にABAセラピーを行う時間などが取られていました。そこで、つみきの会代表の藤坂さん、ボランティアで定例会のスタッフをしてくださっている方々、ABAに真剣に向き合っているご家族、がんばっている可愛い子供たちにお会いしました。工夫をこらした課題や様々な強化子に、各家庭でのお子さんに対する愛情と毎日の積み重ねを感じました。

実際にお会いした藤坂さんは、眼光の鋭い、理知的な方でした。近寄りがたく感じましたが、冗談を織り交ぜてのお話は、人をひきつけるものでした。休み時間にお饅頭などの甘いものをたくさん召し上がっている様子に、少し親しみやすさも感じました。あまり藤坂さんとは個人的にお話しできませんでしたが、藤坂さんや他のご家族が実際にABAを行っている様子を見学できて、モチベーションがあがりました。

卒業メッセージ(kaede)1

代表の藤坂です。先日から、早期療育が一段落した先輩会員さんからの「卒業メッセージ」を掲載しています。この度はkaedeさんから、長文の体験談をいただきました。何回かに分けて掲載させていただきます。kaedeさん、ありがとうございました。

☆☆☆

長男ハルと次男ユキオはとても仲の良い兄弟です。ユキオはハルを尊敬し、ケンカしつつも、いつも仲良く遊んでいます。今度就学を迎えるユキオは興味の対象も広く、ハルが小学校で覚えてきた遊びを、喜んで一緒にやります。私は母親として、このように仲良く二人が遊んでいることを眺めることにとても幸せを感じます。

しかし、二人は初めからこのように遊べたわけではありませんでした。

私が次男ユキオに違和感を覚えたのは、ユキオが1歳半の頃だったと思います。長男ハルに比べて言葉が遅いな、と感じました。なかなか夜眠らないので、お昼寝の時間が長過ぎるのかな、とも思っていました。機嫌が悪くなると、床に頭をぶつけることもハルにはなかったことでした。運動会の会場で泣いて癇癪をおこしたこともありました。長男よりもよく泣く、気の強い子供だと思っていました。

しかし、少ないなりに言葉がでていたため、あまり深刻に考えていませんでした。早くから保育園に入っていて、特に問題行動を指摘されなかった事も、安心材料にしていたかもしれません。プロの先生に指摘されないから大丈夫だと、自分に言い聞かせていました。にこにこと可愛い笑顔を見せる、普段はおとなしいこの子に、何か障害があるとは考えたくありませんでした。

ユキオが2歳になって、単語は増えたけれど、いつまでも、ママともお母さんとも私を呼ばないことに違和感と哀しさを覚えるようになりました。ハルとのかかわりも少なく、一人っ子を二人育てているような徒労感に襲われていました。ハルにはなかった、おうむ返しが頻繁になってきたのもこの頃です。きちんと診断を受けることに恐怖心もあり、3歳児検診までそのまま様子をみることにしました。夜な夜なネットで言葉が遅いことについて調べては、不安に押しつぶされそうになっていました。

この頃、つみきの会のホームページを見つけましたが、3歳児健診で何か指摘されてから入会しようと、入会を先送りにしました。(この時にすぐ入会すれば良かったと、その後とても後悔しました。)自閉症ではないかもしれない、とわずかな希望にしがみついていたように思います。今、考えると、この時期が一番辛かったかもしれません。

3歳児健診を受ける直前に保育園の先生から呼び出しがありました。ユキオの言葉が少なく、友達とのかかわりが薄く、指示が通りにくい時がある、健診で何か指摘があるかもしれないとの事でした。今までの連絡帳には楽しく遊んでいる様子しか書いていなかったので、驚くと同時に、やはり保育園でもついていけてなかったのか、とうとうユキオの障害と向き合わないといけない時がきたと、号泣したことを覚えています。

3歳児健診では、簡単な検査にも答えられませんでした。直前に「何歳?」「お名前は?」などを教え込もうとしましたが、オウム返しばかりで、どのように教えて良いかわからなく、途方にくれました。(後につみきブックをみて、教え方がわかりました。)当日もオウム返しばかりでした。ぎりぎり2語文を話すが、全体的に言葉が遅く、不安があると小児科の先生にお話しました。相談室に案内されて、今までの生育歴を話すうちに、また、涙が止まらなくなりました。

そこで、いくつかの療育施設や診断を希望する場合は県の療育センターを受診するよう教えてもらいました。当日、家に帰ってから、通える範囲の療育施設すべてに電話しましたが、どこも定員に達していました。通えるのは3か月から半年待ち、と言われて絶望しました。県の療育センターの初診は半年待ちでした。(どこの自治体も待ちが長いと聞いています。後からキャンセルできる自治体が多いと思いますので、受診を迷っていたら早めに予約をとっておくことも一つの方法だと思います。)

保健所で障害の可能性を指摘されたら、自動的に療育施設に紹介され、母子ともにケアされるものだと考えていたことが、勘違いであったと痛感しました。自分がどうにか道を開かないと、ユキオにも私たち家族にも未来がない、と感じました。どうして、早期療育が有効だと情報を得ていたのに、悠長に3歳児健診まで様子をみていたのかと、自分を腹立たしく思いました。その夜、ブックマークしていたつみきの会のホームページを開き、入会の手続きをしました。

 私がはじめ、つみきの会の入会をためらっていたのは、つみきの会が障害で悲しむ家族につけこむ悪徳商法や宗教の勧誘だったらどうしよう、と考えたためです。しかし、ネットでいろいろ評判を調べると、つみきの会に対する悪い評判はABAがハードでついていけなかったというものはありましたが、悪徳商法や宗教の勧誘を疑わせる書き込みは皆無でした。

ホームページに書いてある先輩方の体験記や手記も繰り返し読みました。いろいろ調べて、つみきの会では良心的な会費で、ABAについて教えていただけるとわかりました。田舎に住んでいて、ABAセラピストを頼むことが難しい私たちにとって、つみきの会への入会が一番現実的なABAを始める方法だと思いました。しっかりとした科学的根拠があること、代表の藤坂さんが同じ自閉症児の親であるということも安心できる材料でした。

後日、DVDとつみきブックが送られてきました。それまでも、長男ハルが使っていたひらがなカードなどで、物の名前を教えていましたが、自分に足りなかったことがいろいろわかりました。スモールステップで教える手技やプロンプト(ヒント)のこつ、強化子(ごほうび)の重要性など、考えたこともなかったことがいろいろのっていました。

今までも、自閉症についての本を何冊か読んでいましたが(私がそれまで読んでいたものは障害の受容を求めるものばかりでした)、このように系統だって、すべての成長過程で習得すべきことを一つ一つ具体的に記している本は他にはありませんでした。

つみきブックを読んで、お会いしたことはありませんでしたが、藤坂さんが誠実に真摯に、ABAに向き合っていることが、とても良く理解できました。いつかお会いして、直接お話をききたいと、思うようになりました。そして、つみきブックにのっている課題を一つ一つやっていくことで、子供も私たち家族も生活しやすくなるだろうと、一つの明るい道が見えた気がしました。

卒業メッセージ(魔法使いの弟子)

続いて、「魔法使いの弟子」さんからの「卒業メッセージ」をお届けします。

☆☆☆

娘はいわゆる「未熟児」として生まれ発育は健常児と異なりゆっくりであるという説明も受けていた為、1歳半健診で問題を指摘されても聞き流していました。
もっと早く療育を始めるべきだったと今になれば思うのですが、結局、娘がABAを始めたのは3歳を過ぎてからでした。

色々な事で悩んで眠れない夜に「つみきの会」を見つけ、セラピストの先生が自宅に来て下さる事になったのですが、黙って椅子に座っている事など不可能だった多動な娘が自ら椅子に座り出した事や、「待って」という言葉だけで立ち止まるようになったのです。まるで魔法のようでした。

この事だけでも私達家族の生活は劇的に変わりました。娘が待てるようになった事で電車に乗って出かけたり、遊園地の列に並べるようになったのです。休日のお出かけが楽しみになり、家族に笑顔が増えました。

それだけではなく、色や形、物の名前を覚えた事で会話も増え、模倣が出来るようになった事で折り紙や粘土遊びも一緒に出来るようになったのです。

小さい頃に強化と消去の育て方をすると子供の性格が歪む、と娘の心を案じて下さった行政機関の療育者もいましたし、真っ向から否定された事もありました。

私自身もそのような言葉にこのままABAを続けて良いのかと思い悩んだ日々もありましたが、そんな時は藤坂代表をはじめ、セラピストの先生方に私の心がぶれないように支えて頂きました。

また、療育を共に頑張っている保護者の皆様とお話する事で悩みを共有し合ったり励まし合ったりする事が出来ました。

1人きりではとても頑張れなかったと思うのです。

セラピーを行って成長してもなお、娘は特別支援学級に在籍しておりますし、障害が全てなくなって健常になった訳ではありません。
娘は今も社会性については「生きにくさ」を抱えており、人との関わり方はまだまだ療育中ですが、勉強についてはABAの基本であるスモールステップで学んで行く事で苦手感がなく学習を続けられており、学年相当の漢字検定にも合格出来ています。

そんな我が家のセラピーも決して順調だったわけではなく、集中してセラピーを行いたい時期に家族の入院が次々と重なり、セラピーが出来ないという日々もありました。

娘の方から「お勉強したい」と訴えるほどで、何の準備もしないまま適当なセラピーをしていた事もありました。

4つ年上の姉が私を見ていて覚えたのか勝手に妹にセラピーを始め、強化子のおやつは大サービスなので、妹も姉とセラピーを
したがる状況にも陥りました。

しかし「強化」と「消去」の原則を理解した姉は、今では上手に妹を操りますし、現役小学生だった頃の事を思い出しながら、学校で起こりやすい問題を先回りして妹に教えるようになりました。

集中してセラピーをしていると兄弟の事がおろそかになり、愛情をかけられていないと姉の心が歪むのでは、と心配した事もありましたが、今になれば姉はとても頼りになる存在であり、心配は無用だったと言えます。

我が家のような不完全なセラピーは悪い例ではありますが、そのような悪い例であっても、子供は大きく成長しましたし、セラピーを行っていなければ現在のような生活はなかったと思います。

セラピーというひとつの療育を通して親と子が向き合って濃密な時間を過ごした事…今思えばとても貴重な時間だったと感じます。たくさんの「出来た」を親子で共有できた事は幸せな事でした。そして今も日々の生活の中で「出来た」が沢山です。(たまに学校の先生に「出来た!」を取られてしまう事もあり、親としてはその瞬間に立ち会えず悔しい限り!)

娘自身が当時を振り返り、時々こんな風に話します。

「お勉強は楽しかった。先生が来てくれていろんな事をしたよね。また先生来ないかな…。」と。

今でもセラピーがしたいと話す娘の言葉がすべての答えです。ABAに巡り合う事が出来て本当に良かったと思います。

☆☆☆

以上です。魔法使いの弟子さん、ありがとうございました。

藤坂

卒業メッセージ2

先日のKさんに続いて、愛媛の武田さんからも「卒業メッセージ」をいただきました。さっそく紹介させていただきます。武田さん、ありがとうございます。


うちの息子が自閉症だと診断されたのは3歳4ヶ月の時でした。2歳までは「ちょうだい」「ばいばい」などの発語があったのですが、2歳半で発語が完全に消失。これはおかしいぞと感じて病院受診し診断されました。いわゆる折れ線型というやつです。

何かをしないといけないけど何をしていいのかわからない。とりあえずいろんな講演会や勉強会に参加して情報収集をしつつ、子供は児童デイや病院に連れて行っていたのですが、息子は一向に言葉を話そうとはしませんでした。
一年近くして施設のSTさんに言われた言葉は「どうすればこの子が話せるようになるのかわかりません」でした。崖の上から突き落とされたようなショックを受けました。
療育施設に見放されたような気分でした。

ただ、いつまでも落ち込んでもいられず、他の療育はないものかと調べて「ABA」と「つみきの会」に出会いました。

私は愛媛県という田舎に住んでいるので定例会もないし、セラピストさんもいない。セラピーをするのは自分しかいない!!と立ち上がり、息子にABAセラピーを開始しました。
張り切って始めたのはいいものの、なかなか思うように課題は進まず2ヶ月後にすがるような気持ちで明石の発達相談を受けました。
その時の藤坂代表の指示の出し方、強化子の使い方など目からうろこ!!なことが多く、とても勉強になりました。お菓子やおもちゃに興味がなく、強化子が見つからない!と思っていたのに、代表が差し出すおもちゃに興味を示したのもびっくり。興味がないと私が勝手に思っていただけなのです。
そしてその日はとても嬉しいことがありました。
今まで無発語だった息子が代表に促されてはじめて発声したのです!いきなり「ぶ」「べ」の2音の弁別ができたのです。涙がでるほど嬉しかったです。
その後は花が咲いたように単音模倣が増えていきました。
私だけでは課題進行がわからないので(当時はつみきプログラムもなく、つみきブックも改定前のもので初級・中級・上級で分類分けがされていませんでした)月一回大阪からSVセラピストさんにコンサルティングに来ていただき、私を指導してもらいました。
しばらくすると近隣の県で定例会が立ち上がりました。参加させてもらうと、そこにはABAを頑張っているお母さんたちがいて、頑張ろう!という力が湧いてきました。
課題に躓いた時、無反応のボイコットがひどい時、保育所での行事で困ったことがあった時にいろいろ相談にのってもらいました。
療育施設では「お母さんは頑張らなくてもいい」「お母さんが先生になってはいけない」と言われ続け、ABAをやっていますとは言えない環境の中で、教えることをあきらめないで頑張っている仲間がいるのはとても嬉しいことでした。
ABAを始める前、新版K式でDQ40代前半だった息子は小学校低学年での田中ビネーはIQ70、小学校5年生の夏WISCⅣの検査でIQ69でした。
高機能には届きませんが、自分の言葉で自分の意思を伝えられるようになりました。
集団では声が出せなかった子がみんなの前でスピーチができるようになりました。
保育所時代にお絵かきを教えたのですが、その時はとても嫌そうでやらされてるという感じでしたが、数年後、楽しそうに絵を描いたり、すごろくを作ったりしています。
その時般化出来なくても、数年後に実を結ぶことも有るのだと感じています。

今はフォーマルな課題は行っていませんが、宿題をやる時も声をかけると自分から机に座ります。みんなと同じ内容の学習は出来ませんが、落ち着いて椅子に座っていられるのは小さい頃から続けたセラピーのおかげだと思っています。

NPO法人つみきの会・繭合同 埼玉定例会報告

会員の皆様

埼玉定例会スタッフの山口です。
1月10日((日))『NPO法人つみきの会・繭(まゆ)合同 埼玉定例会』が行われましたので、報告させていただきます。
遠方よりお越し頂いた藤坂代表、ご協力いただいた繭の皆様、スタッフ、託児ボランティアさん、参加者の皆様、ありがとうございました。

今回の参加者は、大人40名・子供26名、埼玉県外からも参加いただきました。今回は、1歳~6歳代とお子様の年齢の幅が広く、3歳~4歳代が多い会となりました。

■個別指導(3組)

①音声模倣 *「お・え」などの音声模倣。

②3段階指示 *「あたま・ばんざい・ぱちぱち」などの3段階指示。

③セラピーの休憩後、かんしゃくを起こして座れないなどの対処法。

衣服の着脱 *ボタンのはめ方。

■般化訓練

3組の親子がそれぞれグループになり、初めに1組目がセラピーを行う。
2組目が、同じセラピーを行う。3組目の方がセラピーの感想やアドバイスを言う。
(別の人の指示で、同じことができるか確認。また、別のセラピストがセラピーを行うことで、気づきがある場合もある。)

■集団プログラム
①童謡にあわせて、唄いながら、手遊び歌を行う。
②ボランティアさんのトンネルを走ってくぐりったり、ハイハイでタンバリンにタッチしてゴールする。

■藤坂代表の講義 『文字の読み書き』

ここでいう文字を読むという事は、「あ」と言ったら、「あ」のカードを取れる事。(受容的弁別)
自閉症のお子さんの中には、訓練しても、言葉が出ない子もいる。しかし、言葉が出なくても、発音できなくても、教えることで、読めるようになる可能性はあるので、文字を教える価値はある。
例えば、「トイレ」という文字が発音出来なくても、読むことができれば、ここがトイレだとわかる。「流す」という漢字が読めれば、トイレで、「流す」ボタンがわかる。

①ひらがなの読み
個別のカードなどを用意し、ランダムローテーションで、受容と、表出を教える。
清音(あ・いなど)、その後、濁音(が行・ざ行など)、拗音ようおん(きゃ・きゅ・きょなど)。
その際、「きゃ」を教えるときに、「きや」でも「きゃ」と発音してしまうことがあるので、教える時は必ず「き・きゃ・きや」など3枚のカードを対比して、区別できるようにする。

②ひらがなの書き

*文字を書く前提として。
①ひらがなの受容的弁別ができる事。
②線模倣「─(横)・|(縦)・\(斜め)・○(丸)・曲線(半円の下、上、右、左の形)が書ける事。

まずは、B4くらいの落書き帳、クレパス、水性ペン、鉛筆などを用意し、6文字くらい書けるよう、十字線を引く。
最初は、「い・こ・し・つ」など簡単な文字からから始める。セラピストが見本を一筆ずつ書き、「こうして」と言って、下か横のスペースに書かせる。その後、完成した文字を見て、まねして書くように練習する。

また、我が子は現在、文字を書く練習に取り組んでおり、デモとして参加させていただきました。
我が子も、「い」などのはねにこだわってましたが、はねなどは気にせず、縦線2本と考え、「い」と読めれば良い。最初はハードルを下げ成功させる事。
模倣するのが難しい場合や、本人は模倣しているつもりでも、曲線が小さかったり、曲線の箇所が角ばってしまって、読めない場合など、
子供の右腕の脇から大人が左手を入れて、子供の持つペンの先にそっとあて、右手で子供の右手にそっと手を添えるようにして、両方向から軽くプロンプトする。

私も子供の右手を握って強引に教えてましたが、藤坂代表のこの教え方が絶妙で、実際に私もプロンプトして教えていただいたのですが、
全く強引な感じがなく、自然と正しい線に誘導され書いてしまうといった感じでした。

我が子は、代表が見本で書いてくださった文字に、「‟こ”は、こうやってー、こうやってー、こう書くんだよ!わかった~?」などと、減らず口をたたいてましたが、
藤坂代表は、微笑みながら、懐深く、子供の好きな強化子を見極め、丁寧に教えていただきました。有難うございました。
早速今日、この指導方法で教えてみましたが、本人がノリノリで、かなり自発的に、沢山書いてくれました。

定例会は、色々な側面から、どのようにセラピーを進めたら良いのか、具体的なヒントや、気づきがもらえる会だと思います。
現在取り組んでいる内容と異なった課題でも、とても勉強になりますので、是非、参加される事をお薦めします。

次回の埼玉定例会は、4月2日(土)を予定しております。

以上、報告とさせていただきます。


埼玉スタッフ 山口

  

npo

卒業メッセージ

年末に、つみきの会の全会員が登録する「つみきメーリングリスト」に呼びかけて、就学を迎えるなどして早期療育が一段落した会員さんに、これからABAを始めようとしている会内外の親御さんに向けてのメッセージをお願いしたところ、さっそくKさん(仮名)から以下のメッセージが寄せられました。

「息子は2歳になっても発語も指差しもなく、自閉症と診断されました。
いま思えば、息子の知的な遅れや自閉症のサインははっきりしており、親としてまったく認識不足だったのですが、当時はまさかの診断に非常に衝撃を受けてインターネットをさまよい、つみきの会にめぐりあいました。
運が良いことにすぐに地元で定例会があったので参加し、家庭内ABAも始め、NOTIAの訪問セラピーもお願いしました。

ABAセラピーのために用意した小さな机と椅子に息子を座らせて課題をさせると、スッと背を伸ばして取り組み、それだけで何か知的なモードのスイッチが入ったように見え、光明が差したように感じました。

定例会の運営スタッフの方には、診断直後の何もわからず動揺している私に親身にお声かけいただき、地元の療育情報も教えていただいて本当に助かりました。

ABAを始めて間もなく、指差しが出て、発語も語尾1音だけから徐々に出始め、2音、3音…、そして、二語文、三語文となり…。
満2歳時点のK式でDQ50だったのですが、3歳6ヶ月の田中ビネーでは遅れもデコボコもないという評価になりました。

指さして意思を表現するという回路すら、どういうわけか繋げられないまま2歳にまでなり、当時は息子も苦しかっただろうと思います。ABAというきっかけがあってはじめて、その回路が繋がりました。つみきの会との出会いがなければ、ここまでの伸びはありませんでした。

ほぼ2年間にわたり、ABAのお世話になりましたが、5歳のいまはABA療育はいったんお休みしています。
就学後は普通級でやっていくことになるだろう息子です。本人が「周りを見て自分で「学ぶ力」がどのくらいあって、年少~年長の3年間でどのくらい伸ばせるものか、試してみようと、年少さんになるとき思い切って、家庭内ABA、訪問セラピー、ほかの療育通いもすべて止め、親があえて教えるということは何もせず、保育園内での学習の時間と、こどもチャレンジの教材に気が向いたら取り組むというだけにしてみたのです。

するとやはり、文字、日付、時計、箸など、就学前に身につけておきたいスキル面がなかなか進まず、ABA的に教えればきちんと入るだろう…と分かっているだけにヤキモキしましたが、5歳半過ぎからようやく、ひらがなの読みだけはほぼ大丈夫になりました。
就学まであと1年ありますので、そのあいだには残りのスキルも何とかなるのではないか…と願っています。

ギリギリでなんとかなっていなければ、またABAでひとまず追いつかせることもできるはず…と。

というわけで本当の卒業ではなく、いまは単にセラピーをお休みしているだけなのですが、お子さんの診断直後で悩んでいらっしゃる方のために何か参考になればと寄せさせていただきました。」

以上です。Kさん、ありがとうございます。

これからも、新たな卒業メッセージや体験談が寄せられましたら、またこの場で紹介させていただきます。

つみきの会代表
藤坂龍司

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つみき通信

Author:つみき通信
NPO法人つみきの会は自閉症、広汎性発達障害という障害をもった子どもたちに、ABA早期家庭集中療育(ABAホームセラピー)を施す親とそれを支援する療育関係者の集まりです。
ABA療育に関心のある方なら、どなたでも参加頂けます。

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